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業界全体へのインパクトがメディアやSNSで話題に。楯の川酒造の調査リリースに学ぶ広報起点の自社調査

SNSやPR TIMES上で話題になったPR事例の裏側に迫る本連載。今回は「調査リリース」に焦点を当てます。取り上げるのは山形県の日本酒メーカー、楯の川酒造株式会社さんの施策です。担当した、広報の高梨杏奈さんにお話を聞きました。

1832年創業(!)の歴史を持つ、楯の川酒造さん。日本酒「楯野川」は国内外で高い評価を得ていますが、2022年2月に「日本酒飲用実態調査」に関する調査リリースを発表。20・30代の日本酒離れをタイトルに掲げたプレスリリースはTwitter(現 X)で反響を呼び、毎日新聞をはじめ業界紙などでも取り上げられました

調査リリースは、自社のみならず業界全体にインパクトを与え、企業が世の中と対話する有効な手段の一つ。しかし、施策を実行する上での勘どころがわからず、二の足を踏んでいる広報さんも多いのではないでしょうか。施策の裏側で高梨さんが考え、工夫した点について聞きました。

楯の川酒造株式会社の最新のプレスリリースはこちら:楯の川酒造株式会社のプレスリリース

楯の川酒造株式会社 経営企画室 広報課 

高梨 杏奈(Anna Takanashi)

明治学院大学卒。販売・事務・購買職を経験後、2016年に「広報」という職種に出会って以降、広報職でキャリアを積む。2021年6月より山形県の老舗酒蔵・楯の川酒造株式会社に広報担当として参画し、現在は経営企画室 広報課所属。広報全般をフルリモートで一人で担当している。プライベートでは3歳の子を持つワーママで、複業で他企業の広報サポートも行っている。

自社の立ち位置を正確に知るための調査

── はじめに「酒蔵」の広報活動について教えてください。酒蔵というとなかなかイメージがわかないのですが、企業の広報活動との違いはあるのでしょうか?

高梨:酒蔵といっても、当社はベンチャー企業のような空気が強くて。なのでそういった組織をイメージしてもらえると、実態と近いと思います。

大手の酒蔵メーカーさんは別として、中〜小規模の酒蔵だと広報担当がいること自体が珍しがられることも少なくありません。当社は、様々なデータやシステムの利活用によって、製造担当者以外は酒蔵にいなくてもフルリモートで働ける仕組みを作っています。酒蔵は山形県にありますが、私は関東在住ですし。逆にいうと、だからこそ広報業務をスムーズに進めることができているとも言えるかもしれません。現在は一人で広報を担っています。

── なるほど。では、高梨さんの広報活動のミッションは?

楯の川酒造と、私たちの日本酒ブランドの認知度を向上させることです。熱狂的ファンを創出していく、というミッションもあるんですが、今はまず認知を上げていくための活動をメインに取り組んでいます。

目標は、行動目標結果目標に分けて管理しています。行動目標は、メディアアポ数とプレスリリース配信数。結果目標はコーポレートサイトとECサイトの指名流入数をはじめとして、PR TIMESのPV数、認知度調査数値などで管理しています。特に指名流入は直近3ヵ月の平均から5%増を常に目標にしていて、個人的にはその数値をメインに考えて動いています。これらの数値は毎月社内で共有しており、月末から月初にかけて数値を見ながら現状分析し、次月の動きにつなげていくという形を取っています。

── それでは調査リリースについて伺います。この調査の狙いはなんだったんですか?

そもそも、自社のブランドや商品の認知度の現状を正確に把握したい、というニーズが社内にありました。これまで、LINEでお友達登録していただいている方やTwitterのフォロワーさんたちに向けたアンケートや簡易調査は行なっていたのですが、全国規模で調査したことはなく……。認知度については、営業担当者の感覚のみに頼っていたのが正直なところでした。

だから、実際のところ、一般の方々にどれくらい知られているのか、あるいは日本酒を定期的に飲んでいる方々からどんな印象を持たれているのかを知りたかったんです。

その客観的な情報を得ることで、お客様が望んでいる商品の開発にもつながるし、現在地を知ることで見えてくる道があると思って。

楯の川酒造01

そしてこれは私自身が感じていたことなのですが、日本酒業界全体の実態を把握できるフラットな情報がほとんどなかったんです。そこが「もったいないな」と。そこで、せっかく調査をするなら認知度を調べるだけではなく、その結果を活用しようと考えました。調査で得られた結果を業界全体で共有していくことによって、日本酒業界全体に貢献できたらいいなと。加えて「楯の川酒造が日本酒業界全体の発展を考えている」というメッセージを発信することにも繋がれば、という思いで、社内で呼びかけたんです。

「自社ならではの視点」と「質問項目の工夫」

── 調査リリースだけでなく、調査の段階から高梨さんの発案だったんですね。

そうなんです。幸いなことに営業側からも「実はこういう取り組みをしたかった」という声があり、企画が立ち上がりました。まずは調査のための予算を獲得するために経営側に働きかけるところから動き始めました。

── 調査を企画してから調査リリースを出すところまではどれくらいの期間がかかりましたか?

企画を本格的に開始したのが2021年11月頃。そこから1ヵ月ほどで質問項目の設計などを行い、12月に調査を実施しました

質問項目を考える上では、ブランド担当者・営業担当者と数回ずつブレストしました。今回は全国調査ということでマクロミル社に依頼したのですが、調査ができる「枠」(※調査可能枠)をおさえるのが意外と大変で。12月に空いた枠があったので、そこで実施しよう、ということで調査日に合わせて固めていきました。

作成した質問項目は、スクリーニング調査5問・本調査10問の計15項目です。一緒に担当したブランド担当者は、大手企業のブランド調査に携わった経験があったので、彼と一緒に質問内容を何度も検討しました。

楯の川酒造02

── 質問の設計で工夫した点は?

基本的には、社内で活用できる情報を念頭に考えました。

最初の目的だった知名度調査の他にも、新商品のアイデアを提示して……例えば「飲み比べ用の小容量の日本酒セット」や「環境配慮型の商品」など。それぞれ、どれくらい興味を持ってもらえるかを聞いたり。

全体的なところだと、最も工夫したのは「酒蔵ならではの視点」の質問になっていることです。ありきたりな質問にならないように気をつけました。

それから、回答の選択項目の作り方ですね。「どちらともいえない」のような回答が多くなると参考にならないので、できるだけどちらかに触れるように、傾向が見えるように工夫しました

楯の川酒造03資料
こまかな選択肢で対象者から得たい回答を確実に回収し、傾向を見える化

── 調査リリースもご自身で作成されたとのこと。図版・グラフが計14点、文章量も多くてかなり読み応えがあります。どういった点を工夫しましたか。

そうなんです、調査が終わってからが大変でした(笑)。結果をもとに自分でデータを抽出し、プレスリリースの構成を組み立てて、グラフや図なども全て作成しました。

また、伝えたい文脈を強調するために、同時期の海外における日本酒の需要に関するデータも追加したり。内容を多く盛り込んだので、できるだけ読了率が下がらないように構成を工夫しました。最初にサマリーをおいて紹介し、まとめ部分はシンプルにしました。

楯の川酒造04調査リリース
プレスリリース冒頭にサマリーを記載し、全体感をスピーディーに把握できるよう配慮


時勢柄コロナ禍との関係性は無視できなかったのですが、当社としては初めての調査であって、比較できるデータがないので、そこに結論付けないようにする、というのも意識しました。

最終的にプレスリリースを発表・配信できたのは2022年2月10日。調査から2ヵ月ほどかかってしまいましたが、新プロジェクト発表の前に絶対に出したくて、執念で作りきったかんじです。

── タイトルに「日本酒離れ」という、自社にとっては一見、ネガティブに思える内容が入っていたことにも驚きました。

調査結果を見て、率直にすごく興味深かったんです。想定どおりと新発見の割合が5:5くらい。その中で特に私が驚いたのが、若者の日本酒離れでした。

社内の調査だとどうしても今繋がっているお客さんに対するものだったので、まだまだ日本酒はいける!という論調が多くて。でも、実際はそうではないんだ、日本酒業界全体が危機感を持たねばというメッセージも出していきたかったんです

インパクトのある調査リリースタイトルで多くの人の興味を喚起

── 社内外の反響はいかがでしたか?

まず、社内では製造責任者を中心にすごく喜んでくれました。実際の商品開発に活かせるデータが取れたと。現時点で売り上げが伸び悩んでいる商品の中でも、今回の調査で好感触なものもあったので、それらについてはもう少し粘ってみよう、など具体的な会話につながっています。

楯の川酒造05

社外については、メディアさんからの反応がありがたかったですね。以前から繋がりのあった記者さんにご連絡をしたのですが、一般紙のほかにも業界紙が2〜3社ほど取り上げてくださって。それぞれ別の切り口で書いていただけたのでそれも良かったかな。

参考:
毎日新聞で掲載された記事
https://mainichi.jp/articles/20220311/ddl/k06/040/075000c

食品新聞で掲載された記事
https://shokuhin.net/53112/2022/02/23/inryou/sake/

SNS、特にTwitterでの広がりに関しては想定外でした。でも、社外の広報担当者さんたちを中心に私たちの取り組みを理解してくれたのかも……と嬉しくなりました。正直、ここまで広がるとマイナス意見もあるかなと思っていたんですが、意外となかったんです。「そういえば私最近日本酒飲んでなかった」という声も聞かれたりして、少しでも日本酒について考える時間を作ってもらえたのかなと。

参考:高梨さんのツイートには200件を超える反響が

プレスリリースを他の酒蔵の方が見てくださっていたのも驚きました。タイトルにインパクトを持たせたことで注目が集まり「(若者の日本酒離れを客観視することで)日本酒業界全体に警鐘を鳴らしたい」という目的も少しだけ果たせたのではないかと思います。

後日、高級酒に関するプレスリリースを作成したのですが、この調査で得られたデータを載せた結果、日経新聞に取り上げられました調査結果でファクトをつくることができ、掲載につながったのではと考えています

わかりにくいからこそ、意義を明確に伝える

── 調査リリースに挑戦したいけれど社内の理解を得にくい、といった障壁もよく聞かれます。

私もそうでした。だから、まずは調査によって期待される効果や、なぜそれをリリースとして出すことが必要なのかをかなり明確にして社内に伝えました

期初のタイミング(9月~10月頃)に、予算編成と合わせて調査にかかるおおよその予算を取ろうと動いていました。調査については現場の要望も高かったことから「とりあえずやってみたら?」という空気を社内につくりだして、稟議にかけるタイミングで「どうしてもやりたいです!」と代表に直談判。予算を承認してもらいました。

代表からは、社内発表や調査リリース、その後のメディア掲載結果を共有する中で「やってよかった」という評価をもらいましたが、施策を進めている最中はまだ効果について半信半疑で、100%の理解は得られていなかったのではないかな、と。でも、そこで諦めないことが大事だと思います。

── プロジェクト当初の自分にアドバイスするとしたら?

まずは、自社だからこそできる調査は何かを考え抜くことでしょうか。

一人で全部やろうとしないことも重要ですね。この調査では、特に設計の部分でいろんなメンバーに助けてもらいました。複数の人の目でチェックしてもらったことで視野が広がり、良い調査ができたと思います。

それから、ゴールイメージを明確に持つことです。今回の調査は高級酒の販売につなげていくことが最終目的でしたが、ここがブレると調査の項目もプレスリリースの文脈も固まらなくなります

── ゴールイメージ、ですか。

はい。ある程度仮説を立てて、どのような文脈でニュースとして発表するかをイメージしておくことが大事かな、と。

ただ、実を言うと今回の調査ではこのゴールイメージは一部、方向転換しました。「日本酒離れ」はある程度想定していたのですが、お酒を定期的に飲む人の割合自体が想定より低かったんです。コロナ禍で家飲み需要は増えていると思っていたので、これは意外でした。

そこで、調査前には「日本酒の選びにくさ・合わせにくさ」という観点から高級酒の需要の高まりにつなげていこうと考えていたものを、最初に酒離れについて触れ、そこから定期飲用者の飲酒スタイル(どんな人と一緒に飲んでいるのかなど)を挙げ、仮説をまとめました。そこから先は、ほぼ調査前の想定通りにまとまりましたが、文脈は変わりましたね。

楯の川酒造06

── 事前に仮説を立て、そことのギャップの中にニュースバリューを見いだす、という観点もありそうですね。実際の調査リリースをもとにうかがったことで、とてもリアルにイメージできました。ありがとうございました!

今回のPR事例ポイント

  • 営業・ブランド担当者と「社内で使える情報」を集めるための調査を検討
  • 自分の驚きを大切に。タイトルには業界全体へのメッセージを込めた
  • 次に続く新プロジェクト発表の裏付けとして、広報起点でファクトを生み出す

高梨さんにとっても「ここまでしっかりと調査リリースを手がけたのは今回が初めて」とのこと。参考にした他社の事例として、シニア女性から圧倒的な支持を得る雑誌『ハルメク』などを挙げてくれました。

印象的だったのは、社内のニーズに寄り添いながら調査を設計しつつ、調査リリースは独自文脈で書き上げていた点。日本酒業界全体へ投げかけたインパクトあるタイトルはもちろん、その後のビジネス展開の後ろ盾となる数字(ファクト)を生み出していることなども、参考にしていただけるのではないでしょうか。

いずれにしても、業界を問わず調査リリースを見ていくことで、日頃から「自社なら?」と想像しておくことが大切なのかもしれません。

(取材はリモートで実施しました)

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この記事のライター

青柳 真紗美

青柳 真紗美

ビジネス書の編集者から広報PRパーソンへ。AI系スタートアップや不動産テック企業のPRなどを経て、現在フリーランスで広報・PR支援をしています。メディアリレーションからオウンドメディアの編集まで「コミュニケーションを考える」のが大好物。特にニッチ領域のサービス・プロダクトが好き。「みんなが嬉しい広報・PR」をモットーにその企業の「らしさ」を届け、ファンを増やすお手伝いをしています。

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